
補完的意思決定とは(概要)
補完的意思決定とは、本人の意思表出が難しい場合に、
本人の価値観・好み・生活歴を手がかりに“意思を推定しながら”選択を補う支援方法です。
「本人の代わりに決める」のではなく、
本人が本来どのような選択をするかを丁寧に探るプロセスが特徴です。
障害福祉分野では、本人の自律性を最大限尊重する考え方として重視され、
意思決定支援の柱のひとつになっています。
補完的意思決定と代行決定の違い
● 補完的意思決定
- 本人の“選択したい方向性”を探り、足りない部分だけ支援者が補う
- 本人の価値観・過去の行動・表情・反応などを手がかりにする
- 本人の主体性を守ることが目的
- 本人の意思を最優先に考えるプロセス
● 代行決定
- 本人の代わりに支援者・家族が決定する方法
- 本人の意思が十分に確認できない・安全に関わる場合に選択される
- 迅速な判断が必要な場面(緊急時など)で使われる
- 支援者の判断が強く反映される
違いのポイント
補完的意思決定は「支援者が考える“最善”」ではなく、
本人ならどう考えるだろうか?を軸に考察する
という点が最大の特徴です。
なぜ補完的意思決定が重要なのか
意思表出が難しい方は、周囲の判断で生活が決定されることが多く、
本来の希望が置き去りにされやすい状況があります。
補完的意思決定が重要とされる理由は以下の通りです。
● 本人の尊厳を守るため
意思決定は「その人らしさ」を形づくる核心です。
本人の声を拾い上げることは dignitiy(尊厳)の保持につながります。
● 自己選択の経験が自立につながるため
選択経験が重なるほど、好みや意思の表現が豊かになります。
補完的意思決定はその機会を奪わず育てる視点です。
● 誤解に基づく“善意の押しつけ”を防ぐ
支援者側の「良かれと思って」が、本人にとって望ましくないケースは多くあります。
補完的意思決定はそのリスクを低減します。
補完的意思決定の実践プロセス
1)本人の価値観・生活歴の情報収集
- 好み(食事・活動・人づきあい)
- 苦手なもの
- 行動パターン
- 家族や本人からの聞き取り
- 過去の選択の傾向
この段階で「本人らしさ」を理解します。
2)本人の現在の意思を丁寧に確認
言葉だけでなく、
- 表情
- 反応速度
- 動作
- 体勢
- 視線の向き
などの非言語情報も手がかりにします。
3)選択肢をわかりやすく提示
言葉での説明だけに頼らず、
写真・物・行動の実演など、本人が理解しやすい手段を使います。
4)不足している部分を支援者が補い、意思を推定
例:「過去に〇〇を好み、似た状況では△△を選んでいた。今回も同様の選択肢を望む可能性が高い」
というように合理的に推定します。
5)判断の理由を記録し、再検討
補完的意思決定は“絶対の正解”があるわけではありません。
記録を残し、後から検討することで質が高まります。
補完的意思決定で重要な倫理的視点
● 本人中心の原則(Person-Centered)
支援者の都合ではなく、本人の希望・価値観を中心に考える。
● 最小限の介入(Least Restrictive)
本人が選べる範囲を広げ、支援の介入度は必要最低限にする。
● 自己決定の最大化
「できないところ」だけに注目せず、できる部分は本人に任せる。
小さな選択も蓄積すると意思表現の幅につながる。
● 支援者の思い込み回避
「たぶんこうだろう」「この方はこれが好きなはず」といった
主観的推論にならないよう、事実情報に基づいた推定を行う。
● チームでの合意形成
補完的意思決定は支援者単独の判断にせず、
複数の視点をもって検討することで偏りを防ぎます。
補完的意思決定が必要な場面の例
● 本人がYES/NOで返答しづらい場面
→ 食事・活動・外出の選択など
● 言語表出が不安定、もしくは状況によって変わりやすい場面
→ ストレス、体調不良、環境変化
● 本人の行動傾向に明確なパターンがある場面
→ 過去の選択と行動が手がかりになるケース
これらは完全に「代行」とはせず、
可能な限り「本人の意向を探る」アプローチが求められます。
補完的意思決定でも補えない場合は?
本人の意思の推定がどうしても困難、
もしくは命に関わる場面(医療的緊急・重大リスク)では、
代行決定が選択される場合があります。
ただしその際も、
過去の価値観を尊重し、本人にとって最善となるように配慮することが重要です。
まとめ:補完的意思決定は「本人らしさ」を守るための支援技法
補完的意思決定は、本人の意思表出の難しさを理由に
支援者が判断を奪ってしまわないようにするための大切な考え方です。
- 本人の価値観や生活歴を丁寧に把握する
- 選択しやすい環境や提示方法を整える
- 不足部分だけ支援者が補う
- 記録し、チームで検証する
この積み重ねが、本人の尊厳を守りながら意思決定支援を行う基盤になります。
補完的意思決定の実践は、施設全体の支援の質を底上げする取り組みとして、多くの現場で導入が広がっています。



