
1. なぜ福祉現場の「ダメ出し」は逆効果になってしまうのか?
障害者施設(生活介護、就労継続支援、施設入所支援など)の現場は、1分1秒の判断が利用者様の安全やパニックの有無に直結します。そのため、後輩の不適切な関わりやリスクのある行動を目にすると、つい強い口調で「それはダメ!」「マニュアル通りにやって!」とダメ出し(ティーチング・指示命令)をしてしまいがちです。
しかし、この「ダメ出し」を繰り返していると、現場では以下のような弊害が起こり始めます。
- 職員が萎縮し、ミスやヒヤリハットを隠すようになる(心理的安全性の低下)
- 指示されるまで動かない「指示待ちスタッフ」になってしまう
- 「自分は支援員に向いていない」と過度な自己批判に陥り、燃え尽きて離職する
福祉の支援には「たった一つの絶対的な正解」はありません。だからこそ、上司の正解を押し付ける「ダメ出し」ではなく、職員自身が『なぜその対応をしたのか』を振り返り、自ら次の仮説を立てられるように導く「コーチング的アプローチ」が不可欠なのです。
2. 福祉専門職を伸ばす「コーチング的アプローチ」3つの基本原則
コーチングとは、相手の内側にある「答え」や「気づき」を対話によって引き出すコミュニケーション技術です。福祉現場で機能させるための3つの大原則を押さえましょう。
原理①:まずは行動の「背景(意図)」を聴く
後輩の対応が間違っているように見えても、そこには「本人なりに良かれと思った理由(意図)」が必ずあります。頭ごなしに否定せず、「さっき〇〇という対応をしていたけれど、あの時どんなことを意識していたのかな?」と、本人のアセスメントの意図をまず受け止めます。
原理②:「ティーチング(教える)」と「コーチング(引き出す)」を使い分ける
すべてをコーチングにする必要はありません。
- 緊急時・安全に関わること(移乗の危険、誤嚥リスクなど) = 即座に正しい方法を「教える(ティーチング)」
- 直接的な危険がないこと(声かけのタイミング、活動の工夫など) = 本人に考えさせる「引き出す(コーチング)」このグラデーションの判断が、指導者の重要な役割です。
原理③:「失敗」を「次の仮説のためのデータ」にする
本人の試みたアプローチが失敗(パニック等)に終わったとしても、それを責めずに「これは合わないという貴重なデータが取れた」と捉えます。指導員自身がセルフコンパッション(自分を許す心)を持ち、次の挑戦に向かえる心の余白を作ってあげることが重要です。
3. 【事例比較】ダメ出しする指導 vs 問いかけるコーチング
実際の現場でよくあるシチュエーションを元に、指導員の関わり方による言葉の変換例をまとめました。
| 現場のシチュエーション | × ダメ出し(本人の思考がストップする) | ◯ コーチング(本人の専門性を伸ばす) |
| 指示を言葉だけで伝えて、利用者を混乱させてしまった時 | 「言葉だけじゃ伝わらないっていつも言ってるでしょ!ちゃんと絵カードを使って」 | 「今の声掛けの時、〇〇さんの表情はどう変化したように見えた?」 ⇒ 「少し困った顔をしていました」 「そうだね。じゃあ、次からはどういう工夫を掛け合わせたら、〇〇さんは見通しを持てそうかな?」 |
| 作業を拒否する利用者に対して、無理に強要してしまった時 | 「そんな風に無理強いしたらパニックになるに決まってるじゃない。本人のペースに合わせて!」 | 「あの時、Bさんが拒否した背景にはどんな『理由(特性や環境)』が隠れていると思う?」 ⇒ 「作業手順が分かりにくかったのかもしれません」 「いいアプローチだね。じゃあ、その手順を分かりやすくするための環境調整として、何ができそう?」 |
| ミーティングで、当たり障りのない意見しか言わない時 | 「もっと自分で考えて意見を出してくれないと困るよ」 | 「正解・不正解は気にしなくて大丈夫。〇〇さんの視点から見て、最近のCさんの『小さな変化や強み』で気づいたことって何かある?」 |
4. 後輩が自ら育つ!明日から使える「質問のフレームワーク」
コーチングを現場で再現するための、具体的な4つの質問ステップ(GROWモデルの福祉アレンジ版)です。
- 【現状の確認】「さっきの対応、〇〇さんの目にはどう映っていたかな?」
- 主観を挟まず、利用者様のリアクションや事実を客観的に観察(拾い上げ)させます。
- 【意図の掘り下げ】「あの時、〇〇さんはどんな仮説(目標)を持って関わろうとしたの?」
- 後輩が目指していた「良い支援のゴール」を肯定的に引き出します。
- 【選択肢の拡大】「もし、もう一度同じ場面があったら、他にどんな『環境調整』や『声掛け』のバリエーションが考えられるかな?」
- アイデアを広げ、支援の引き出し(引き受けられるリスクの幅)を増やします。
- 【次のアクション】「なるほど、良いアイデアだね!じゃあ、次の勤務でまずどれをチームで試してみようか?」
- 期間を決めた具体的な実践(プロトタイプ)へと接続し、個別支援計画への反映を促します。
5. まとめ:指導者の「問いかけ」が、職員の「アセスメント力」を育てる
後輩を育てる中で、最も嬉しい瞬間は「言われた通りにできた時」ではありません。職員が自ら利用者様の非言語サインを拾い上げ、「もしかしたら、〇〇という特性からこの行動が起きているのかもしれません。次はこの環境調整を試してみてもいいですか?」と、自発的に提案してくれた時のはずです。
こうした自律的な「アセスメント力」は、指導者からの度重なる「質の高い問いかけ(コーチング)」によってのみ養われます。
「ダメ出し」は一瞬で終わるため楽ですが、職員の成長の芽を摘んでしまいます。「問いかけ」は時間がかかりますが、職員の心に強い心理的安全性をもたらし、結果として事業所全体の支援の質を爆発的に向上させます。
後輩の関わりに「あれ?」と違和感を抱いた時こそ、専門職として伸ばす絶好のチャンスです。まずは「ダメ!」と言いそうになるのをグッと堪え、「今の場面、〇〇さんの目にはどう見えた?」と、優しいトーンで問いかけることから始めてみませんか?




