
1. ケース記録に「支援者の主観や感想」が混ざっていませんか?
障害者支援施設やグループホームなどの現場で日々の支援記録(ケース記録・業務日誌)を作成する際、以下のような記述になってしまっていないでしょうか。
- 「〇〇さんが真面目に作業に取り組んでいた」
- 「わがままを言って途中で投げ出した」
- 「不穏になりパニックを起こして反省しているようだった」
一見すると日常的に使われがちな表現ですが、実はこれらはすべて、「本人の客観的な行動」と「支援者の主観的な評価・解釈」が混ざり合ってしまっている状態です。
ケース記録は公的な文書であり、チーム全体で「再現性のある客観的なアセスメント(環境調整)」を共有するための重要なツールです。
「行動」と「評価」が混同した記録は、チーム内に先入観(ネガティブ・ラベリング)を生み、支援のブレや不適切ケアを引き起こすリスクがあります。
この記事では、プロの福祉職として身につけたい「行動と評価を分離して書くための基本ルール」と、そのまま使える書き換えのコツを解説します。
2. なぜ「行動」と「評価」を分けて書く必要があるのか?
まず、両者が混ざり合うことによって生じる現場でのデメリットを整理しておきましょう。
【「行動」と「評価」が分離できていない記録の3大リスク】
1. 人によって解釈がブレる(再現性がなくなる)
→「不真面目だった」と書かれても、5分で離席したのか、おしゃべりをしたのか、
人によって受け取るイメージが異なり、統一した支援(合意形成)ができない。
2. 事実ではなく「レッテル(先入観)」が引き継がれる
→「わがまま」「キレやすい」といった評価語が一度書かれると、次に担当する職員も
「そういう人だ」というフィルターを通して本人を見るようになってしまう。
3. 水面下の原因(ニーズ・氷山モデル)を見落とす
→「パニックを起こした」という結果だけを評価・記録すると、その引き金(音・過酷な環境・体調)という
最も重要なアセスメント(環境調整)のデータが残らない。
記録において目指すべきは、「誰が読んでも同じ映像が頭に浮かぶ事実記述(カメラの映像化)」です。
3. 【一目でわかる】「行動」と「評価」の決定的な違い
両者の役割の違いを明確に理解するための比較表です。
| 比較項目 | 行動(事実記述:Fact) | 評価(主観・解釈:Evaluation) |
| 定義 | 目で見え、耳で聞こえる客観的な事実(5W1H) | 支援者の頭の中で処理された解釈・感想・価値判断 |
| 表現例 | 「大声(約80dB)を出し、自室へ移動した」 | 「怒ってパニックになり、わがままを言った」 |
| 再現性 | 誰が読んでも同じ状況がそのまま再現できる | 読んだ人の感覚によってイメージがバラバラになる |
| 記録での扱い | 「事実の欄(経過欄)」にありのまま書く | 「見立て・アセスメント欄(考察)」に根拠と共に書く |
4. 【そのまま使える】「行動」と「評価」の分離・言い換え変換表
現場で使われがちな主観的・評価的表現を、分離して客観的な事実へと言い換えた実践用変換表です。
| 混ざった記述(NG例) | なぜNGか?(評価の要素) | 「行動(事実)」と「評価(考察)」に分離した記述(OK例) |
| 真面目に集中して作業した | 「真面目」「集中」は主観的な感想。 | 【行動】写真手順書を確認し、45分間離席せずに10箱の箱詰めを完了した。 【評価】手順書の視覚的提示が、集中維持(環境調整)に機能したと考えられる。 |
| わがままを言って作業を拒否した | 「わがまま」は本人の人格を否定する評価語。 | 【行動】10時半に「疲れた」と発言し、作業の手を止めて俯いた。 【評価】通院後の疲労が残っており、休息(合理的配慮)のニーズが示された。 |
| 反省した様子で静かになった | 「反省した」は本人の内面に対する支援者の推測。 | 【行動】自室で10分間横になった後、大声が収まり「すみませんでした」と発言された。 【評価】静かな空間でのカームダウンが感情コントロールに有効であった。 |
| 指示に従えず勝手な行動をとった | 「指示に従わない」「勝手」は縦の関係の評価。 | 【行動】全体説明の際、手元の資料を折り始め、説明終了前に離席された。 【評価】口頭のみの説明では見通しが持てず、個別での構造化の提示が必要。 |
5. 明日からの記録が変わる!「3つの分離ルール」
実際の記録作成時に意識すべき、プロの実践ルールです。
ルール1:カメラのレンズになったつもりで「目に見えるもの」だけを書く
「〇〇な様子だった」「〇〇を感じた」ではなく、「何時何分に(When)」「どの場所で(Where)」「誰が(Who)」「どんな発言・動作をしたか(What/How)」という、カメラの映像や録音データとして残せる事実(行動情報)だけを「経過欄」に描写します。
ルール2:感情や推測を書く場合は「根拠となる行動」をセットにする
どうしても「不安そうに見えた」と書きたい場合は、推測だけで終わらせず、「(手の震えや視線の定まらなさから)不安が高まっていると推察された」のように、客観的サイン(非言語情報)とセットで考察(評価)に書きます。
ルール3:「SOAP形式」などの記録フレームワークを活用する
医療・福祉の現場で使われるSOAP(ソープ)形式を取り入れると、行動と評価を自然に分離できます。
【SOAP形式による分離の例】
・S(Subjective:本人の主訴・発言):「お腹が痛い」「やりたくない」
・O(Objective:客観的行動・事実):10時に離席、体温36.5度、顔を歪めて腹部を押さえる
・A(Assessment:支援者の評価・分析):排便が3日間なく、便秘による腹痛の可能性が高い
・P(Plan:今後の支援計画):水分補給を促し、11時に改善が見られない場合は看護師へ相談
6. まとめ:事実をそのまま残すことが、利用者の尊厳を守る
記録において「行動」と「評価」を正しく分離することは、単なる文章作成のテクニックではありません。
支援者個人の感情や価値観(ジャッジ)で利用者を裁くのをやめ、「ありのままの事実と、本人が発しているSOSサイン(氷山モデル)」を客観的に見つめ直す、ノーマライゼーションと権利擁護の実践そのものです。
主観的な「問題行動」というレッテルを剥がし、客観的な「行動のデータ」として記録に残すことで、チーム全体で科学的根拠(エビデンス)に基づいた環境調整や意思決定支援が可能になります。
そして支援員にとっても、「自分の感情に振り回されずに冷静にケースに向き合える」という大きな安心の余白(心理的安全性)が生まれます。
ぜひ今日の退勤前の記録から、「この文章に主観(評価)は混ざっていないかな?目に見えた行動の事実だけを書いてみよう」と試してみてくださいね。
あなたの書く客観的で温かい1行の記録が、利用者の笑顔と自分らしい地域生活を支える大きな推進力となるはずです。




